「落ち着きのない」子どもとADHD研究の歴史
「じっと座っていられない」「興味のあることしかやれない」「話を聞いているのか聞いていないのか分からない」これって、ADHDがあるのでは?なと心配に思われる方からのご相談をいただくことが増えております。ADHDの原因はまだ不明です。しかし、脳に何らかの関連があることは知られています。そんなADHDの研究の歴史について説明していきます。
ADHDの歴史、脳の関連から症状に基づいた診断へ
ADHD研究の歴史は、1902年にイギリスの小児科医スティルが落ち着きのない子どもたちを43例報告したことに始まります。スティルは、この子どもたちの症状と脳の関連について研究を始めました。落ち着きのない子どもの原因を脳科学から解明する研究の始まりです。1914年にエコノモ脳炎が流行しました。これは第一次世界大戦中に流行した病気で嗜眠性脳炎とも言われています。高熱と複雑な脳神経症状が見られる、ウイルス性の脳炎と考えられていますが、現在はほとんど見られない病気です。そのエコノモ脳炎に罹った、子どもたちが後遺症として落ち着きのなさを示すことが明らかとなりました。これにより、落ち着きのなさと脳には関連があることが疫学的に示さレたのです。
次は、第二次世界大戦後の研究です。戦争により脳損傷を受けた子どもたちの多動性・衝動性をはじめとする様々な行動特徴がシュトラウスによって報告されました。シュトラウスは、これらの行動特徴を「微細脳機能障害(MBD)」と名付け、脳の微細な損傷が原因であると仮説を立てました。シュトラウスの報告によって、ADHDには脳になんらかの損傷があるというMBDの概念が提唱されたのです。シュトラウスの報告する行動特徴を持つ子どもの中には、脳損傷が見つからないケースもありました。ですので、その傷は発見できなしほどの微細なものであると考えられました。
1980年代以降、精神医学は症状で障害をカテゴリーする方向へと転じ、仮想的な病因論に基づくMBDの概念は研究されなくなりました。代わりに、現在の「注意困難」「多動性」「衝動性」という3つの症状をセットにしたADHDという概念が整理されました。ADHDの診断基準が体系化され、薬による治療法も研究されるようになりました。
ADHDの薬物療法、第一選択薬のコンサータ
ADHDの薬物療法の第一選択薬は、メチルフェニデート製剤です。メチルフェニデート製剤は、1954年にドイツで発売された薬剤で、当初は慢性疲労症候群やナルコレプシーの治療薬として使用されていました。1960年代の初めから、MBD(現在のADHD)の子どもに対して、メチルフェニデート製剤の使用が始まりました。最も有名なメチルフェニデート製剤であるリタリン(商品名)が使用されていました。
コンサータは、メチルフェニデート製剤の一種で、2000年に米国で、2007年に日本で承認されました。現在では、リタリンはナルコレプシーの治療でしか使用できないため、ADHD治療のメチルフェニデート製剤といえば、コンサータとなっています。メチルフェニデート製剤は、ADHDの症状である注意困難、多動性、衝動性に対して、有効性が認められています。また、学業成績や社会生活の改善にも効果があります。メチルフェニデート製剤が特異的な有効性があることから、やはりADHDは脳と深い関連があると考えられて研究がされていますが、薬がどのように作用しているかはまだ完全にはわかっていません。
ADHDの原因、ドーパミン不足が関与?
ADHDの原因は、今のところはっきりとはわかっていません。しかし、中枢神経刺激薬が特別に効果があることから、前頭葉の働きが関係していると考えられています。前頭葉は、注意や集中、計画、実行などを司る脳の部分です。ADHDの人は、前頭葉の働きがうまくいかず、注意や集中が持続しにくい、衝動的な行動をとりやすいなどの症状が現れます。
最近の研究では、ADHDの人の脳内では、ドーパミンと呼ばれる快感を伝える神経伝達物質の報酬が、報酬を待っている時点では少ないが、報酬を受け取る場面では過剰に反応しているという仮説があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)がfMRIを用いて、その仮説を検証する研究を発表しました。その結果、ADHDの人は、日常生活やすぐに結果が得られない行動・学習に取り組むことに困難を示し、その場にある面白い刺激に反応しやすい傾向にあることが明らかとなりました。つまり、結果のすぐ出ない、報酬の少ない場面では、ドーパミン不足のために注意や集中を維持することが困難で、報酬が得られると過剰に反応してしまい、過集中や注意の転導が起きるのです。
ADHDは、ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌のコントロールが苦手な状態にあるといえます。ADHDのお薬は、これらの神経伝達物質に働きかけることで、症状を緩和させます。
やる気・集中・感情、脳の神経伝達物質が支える3つの柱
脳の神経伝達物質は、神経細胞同士の情報伝達を担う物質です。ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは、特に重要な神経伝達物質として知られています。
ノルアドレナリンは、注意力や集中力、学習能力、記憶力などに関係しています。また、ストレスや緊張を和らげる働きもあります。
ドーパミンは、快感や報酬や目標達成への動機付けなどに関係しています。また、運動や学習などの意欲を高める働きもあります。
セロトニンは、気分や感情、睡眠、食欲、学習、記憶などに関係しています。また、痛みを抑える働きもあります。
この3つの神経伝達物質は、相互に関連し合いながら、人間のさまざまな行動や感情をコントロールしています。
具体的な例:
- ノルアドレナリンが不足すると、注意力や集中力が低下し、学習や仕事の効率が悪くなります。また、ストレスや不安を感じやすくなったり、うつ状態になったりすることもあります。
- ドーパミンが不足すると、意欲ややる気が低下し、物事をやり遂げることが難しくなります。また、衝動的な行動をとったり、依存症に陥ったりするリスクが高まります。
- セロトニンが不足すると、気分が落ち込みやすくなり、イライラや不安を感じやすくなります。また、睡眠障害や食欲不振などの症状が現れることもあります。
ADHDとの関係:ADHDの人は、ノルアドレナリンやドーパミンの不足が原因で、注意力や集中力、意欲などのコントロールがうまくできなくなると考えられています。神経伝達物質のバランスが崩れている状態です。そのため、ADHDの治療には、これらの神経伝達物質の働きを改善する薬剤が用いられます。
ADHDのお薬について
現在日本では、4種類のお薬がADHDの治療に使われています。お薬を迷われる場合、非薬物療法でも、子供の置かれている環境を改善することで、ADHDの症状を緩和できることもあります。まずは、子どもの行動の原因、何が誘因となって行動が生起しているのかを分析し、その子に合ったサポートを受けることが重要です。
メチルフェニデート(コンサータ®︎)
脳内にドーパミンを増やし、脳の運動や意欲、学習などの機能を調整してくれます。脳の働きをスムーズにしてくれる薬です。速やかに効果が現れ、服用後12時間効果が続きます。中枢神経刺激薬のため、登録医のもとでの服薬管理が必要です。シャープに効き、薬が切れたタイミングも感じ易いようです。薬が切れたタイミングで、激しい眠気や倦怠感を感じ、逆に薬が効いていると、眠れないという症状も見られます。服薬した7割で副作用が見られるという研究もあり、食欲減退、体重減少、口渇などが多いです。登録医の指示に従って正しく服用することが大切です。激しい眠気や倦怠感や副作用が現れた場合は早めの医療機関への受診が必要です。
アトモキセチン(ストラテラ®︎)
ストラテラは、選択的ノルアドレナリン再取込阻害薬、非中枢性刺激薬です。ADHD治療において、コンサータと並ぶ第一選択薬となっています。脳の働きをスムーズにするノルアドレナリンを増やす働きがあり、大脳や脳幹といった中枢神経に働きかけて、精神活動を活発します。ADHDの「特性全体」に効果があります。24時間の血中濃度が安定させるために、朝・晩の2回の服用で症状が穏やかになるように作用します。即効性はなく、効果が感じられるまで数週間かかります。副作用には眠気や吐き気、腹痛などがありますが、コンサータよりも少ない、感じにくいとされています。
グアンファシン(インチュニブ®︎)
インチュニブはα2Aアドレナリン受容体作動薬、非中枢刺激薬です。多動と衝動性と感情に対する効果が期待でき、24時間という長い効果を持ちます。高血圧の治療にも用いられる薬です。脳内のα2A受容体を活性化して、それにより交感神経系の活動を低下させることによって、効果を発揮するものです。コンサータやストラテラとは異なり、神経伝達物質を受信する側の漏れを防ぐ仕組みがあります。
リスデキサンフェタミン(ビバンセ®︎)
ビバンセは6-18歳の小児のADHDに対して承認された国内で最も新しいADHD治療薬です。ビバンセ特徴は「プロドラッグ」という性質です。これは、体内に吸収された後に別の成分に変化することで本来の薬効を発揮するお薬で、ビバンセは、吸収された後に血液中でアンフェタミンに変化します。このアンフェタミンは脳の中枢神経を刺激して、脳内のドーパミンの再取り込みを阻害することで、ドーパミンの濃度を高めることでADHDの症状を改善します。 効き目も強いのですが、副作用も強いです。他の3剤(コンサータ、ストラテラ、インチュニブ)で効果がなかった場合に使用されることが多いです。ビバンセの副作用は、食欲不振、吐き気、頭痛、不安、心拍や血圧の上昇、体重減少があります。これらの副作用に注意しながら、医師の指示のもとの服用が必要です。